体験者の声
【個人セッション】
一言で言うと、とても不思議なセッションです(35歳・Webデザイナー)
とても不思議なセッションです(35歳・Webデザイナー)
一言で言うと、とても不思議なセッションです(35歳・Webデザイナー)
“相手の領域に介入しないセッション”という言葉がヒットして、初対面だったけど無料インタビューもなしに個人セッションに申し込みました。Dasoは終始にこやかにいて、私がどんなことを言っても、それを否定も肯定もすることなく、ただ聞いてくれました。
しばらくして急に「そうだった、私が本当に望んでいたことはそれだ!」という答え(?)が見つかったんです。こんなに軽やかな気持ちになれたのは初めてかもしれません。これまでいろんなセッションを受けてきましたが、大抵セラピストが「何がこうなっているからこうするといい」というようなことを言ってくれたのです。でも、そのアドバイスは、頭では納得できるけど、結局、そのようにはできない。そこで凹む。 自分が嫌になるという負のループだったんです。でも、ダソはただ聞いてくれるので、「何かをしなければならない」という感じは全くなく、私の中の何が望みなのかが自然に浮上したような感じがします。
最後に「また受けたいと思う」と言ったら、「じゃあ、この次はあなたがまだ知らないあなたを発掘できるかもね」と言われました。楽しみです。
“相手の領域に介入しないセッション”という言葉がヒットして、初対面だったけど無料インタビューもなしに個人セッションに申し込みました。Dasoは終始にこやかにいて、私がどんなことを言っても、それを否定も肯定もすることなく、ただ聞いてくれました。
しばらくして急に「そうだった、私が本当に望んでいたことはそれだ!」という答え(?)が見つかったんです。こんなに軽やかな気持ちになれたのは初めてかもしれません。これまでいろんなセッションを受けてきましたが、大抵セラピストが「何がこうなっているからこうするといい」というようなことを言ってくれたのです。でも、そのアドバイスは、頭では納得できるけど、結局、そのようにはできない。そこで凹む。 自分が嫌になるという負のループだったんです。でも、ダソはただ聞いてくれるので、「何かをしなければならない」という感じは全くなく、私の中の何が望みなのかが自然に浮上したような感じがします。
最後に「また受けたいと思う」と言ったら、「じゃあ、この次はあなたがまだ知らないあなたを発掘できるかもね」と言われました。楽しみです。
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“相手の領域に介入しないセッション”という言葉がヒットして、初対面だったけど無料インタビューもなしに個人セッションに申し込みました。Dasoは終始にこやかにいて、私がどんなことを言っても、それを否定も肯定もすることなく、ただ聞いてくれました。
しばらくして急に「そうだった、私が本当に望んでいたことはそれだ!」という答え(?)が見つかったんです。こんなに軽やかな気持ちになれたのは初めてかもしれません。これまでいろんなセッションを受けてきましたが、大抵セラピストが「何がこうなっているからこうするといい」というようなことを言ってくれたのです。でも、そのアドバイスは、頭では納得できるけど、結局、そのようにはできない。そこで凹む。 自分が嫌になるという負のループだったんです。でも、ダソはただ聞いてくれるので、「何かをしなければならない」という感じは全くなく、私の中の何が望みなのかが自然に浮上したような感じがします。
最後に「また受けたいと思う」と言ったら、「じゃあ、この次はあなたがまだ知らないあなたを発掘できるかもね」と言われました。楽しみです。
【セラピスト養成】
2回の個人セッションで決めました(42歳 主婦)
2回の個人セッションで決めました(42歳 主婦)
2回の個人セッションで決めました(42歳 主婦)
“セラピストになることで自分に何をもたらしたいのか”ーーこれは実によく考えられている問いだと思います。私はセラピストになるというよりも、自分と同じように苦しんだ過去のある人たちを手助けしたいという思いがとても強いです。セラピストになりたいというとき、その思いが原動力になっていることは確かです。Dasoが言うには、その純粋な気持ちは大切だけども、他者を助けたいという思いにとらわれすぎると、自分のことがおろそかになる。それがセラピストというときの一番の盲点だと。
初回のセッションは、自分が今までどれほど勝手な思い込みをしていたかということに気づかされる形で終わりました。言い換えると、本当にセラピストになりたいのだろうかと自問する結果になったんです。自分に何をもたらしたいのか、なんて考えたこともなかったのです。Dasoはそれはとても普通のことだと言って笑いました。そのことにもびっくりしたんだけど、2回目のセッションを受けるまで2ヶ月半ほどかかったと思います。
次のセッションで私が言ったことは、自分でも驚いたのですが、「子どもたちが遊ぶ姿を見ながら、ちょっとした声がけをすると、子どもが大喜びする時とそうじゃない時があることに気づいていて、それがダソの言う在り方の違いではないかと直感した」という話をしました。Dasoはにこやかに、「あなたにはセラピストの資質があるようですね」と言いました。それを聞いたときに、心が踊り出すほど嬉しかったんです。まだまだ学びは続いていきますが、少人数で学んでいくこのスタイルが、私にはとても安心で心地よい空間です。
“セラピストになることで自分に何をもたらしたいのか”ーーこれは実によく考えられている問いだと思います。私はセラピストになるというよりも、自分と同じように苦しんだ過去のある人たちを手助けしたいという思いがとても強いです。セラピストになりたいというとき、その思いが原動力になっていることは確かです。Dasoが言うには、その純粋な気持ちは大切だけども、他者を助けたいという思いにとらわれすぎると、自分のことがおろそかになる。それがセラピストというときの一番の盲点だと。
初回のセッションは、自分が今までどれほど勝手な思い込みをしていたかということに気づかされる形で終わりました。言い換えると、本当にセラピストになりたいのだろうかと自問する結果になったんです。自分に何をもたらしたいのか、なんて考えたこともなかったのです。Dasoはそれはとても普通のことだと言って笑いました。そのことにもびっくりしたんだけど、2回目のセッションを受けるまで2ヶ月半ほどかかったと思います。
次のセッションで私が言ったことは、自分でも驚いたのですが、「子どもたちが遊ぶ姿を見ながら、ちょっとした声がけをすると、子どもが大喜びする時とそうじゃない時があることに気づいていて、それがダソの言う在り方の違いではないかと直感した」という話をしました。Dasoはにこやかに、「あなたにはセラピストの資質があるようですね」と言いました。それを聞いたときに、心が踊り出すほど嬉しかったんです。まだまだ学びは続いていきますが、少人数で学んでいくこのスタイルが、私にはとても安心で心地よい空間です。
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“セラピストになることで自分に何をもたらしたいのか”ーーこれは実によく考えられている問いだと思います。私はセラピストになるというよりも、自分と同じように苦しんだ過去のある人たちを手助けしたいという思いがとても強いです。セラピストになりたいというとき、その思いが原動力になっていることは確かです。Dasoが言うには、その純粋な気持ちは大切だけども、他者を助けたいという思いにとらわれすぎると、自分のことがおろそかになる。それがセラピストというときの一番の盲点だと。
初回のセッションは、自分が今までどれほど勝手な思い込みをしていたかということに気づかされる形で終わりました。言い換えると、本当にセラピストになりたいのだろうかと自問する結果になったんです。自分に何をもたらしたいのか、なんて考えたこともなかったのです。Dasoはそれはとても普通のことだと言って笑いました。そのことにもびっくりしたんだけど、2回目のセッションを受けるまで2ヶ月半ほどかかったと思います。
次のセッションで私が言ったことは、自分でも驚いたのですが、「子どもたちが遊ぶ姿を見ながら、ちょっとした声がけをすると、子どもが大喜びする時とそうじゃない時があることに気づいていて、それがダソの言う在り方の違いではないかと直感した」という話をしました。Dasoはにこやかに、「あなたにはセラピストの資質があるようですね」と言いました。それを聞いたときに、心が踊り出すほど嬉しかったんです。まだまだ学びは続いていきますが、少人数で学んでいくこのスタイルが、私にはとても安心で心地よい空間です。
瞑想リトリート
グループワークが大好きです!(55歳 会社員)
グループワークが大好きです!(55歳 会社員)
グループワークが大好きです!(55歳 会社員)
毎年恒例の秋の瞑想リトリートに、もう何年も参加してきています。私の場合は通常忙しいので、この年に1回の瞑想リトリートへの参加が、自分の内側に、ダソが言うところの空間、「余裕」というものを見つけ出すための大事な時間なんです。朝から晩までたんたんと瞑想して、間の時間は他の参加者の人たちとのおしゃべりや、おいしい食事を楽しむ時間がとても癒やしになります。そして、中1日は、ほぼ24時間「サイレンスの時間」というのがあるんです。
その間、私たちは一切話さず、自分自身の一人の空間に入っていきます。そしてまたそこからゆっくりと戻ってきて、人々と静かに語り合うことができる、この一連の流れが本当に深いところの私自身に触れ、その静かな空間を失うことなく人々に関わるという、とてもいい練習になるんです。年に一回でもこの豊かな時間を自分にプレゼントできていることが何よりもの幸せです。
昨年から「瞑想アートリトリート」というプログラムが増えたので、どうやら年に2回になりそうです。いずれにしても、私の場合は、自分とは全く違った世界に生きている他の人々と語り合う時間が、本当に貴重な時間だと思います。
毎年恒例の秋の瞑想リトリートに、もう何年も参加してきています。私の場合は通常忙しいので、この年に1回の瞑想リトリートへの参加が、自分の内側に、ダソが言うところの空間、「余裕」というものを見つけ出すための大事な時間なんです。朝から晩までたんたんと瞑想して、間の時間は他の参加者の人たちとのおしゃべりや、おいしい食事を楽しむ時間がとても癒やしになります。そして、中1日は、ほぼ24時間「サイレンスの時間」というのがあるんです。
その間、私たちは一切話さず、自分自身の一人の空間に入っていきます。そしてまたそこからゆっくりと戻ってきて、人々と静かに語り合うことができる、この一連の流れが本当に深いところの私自身に触れ、その静かな空間を失うことなく人々に関わるという、とてもいい練習になるんです。年に一回でもこの豊かな時間を自分にプレゼントできていることが何よりもの幸せです。
毎年恒例の秋の瞑想リトリートに、もう何年も参加してきています。私の場合は通常忙しいので、この年に1回の瞑想リトリートへの参加が、自分の内側に、ダソが言うところの空間、「余裕」というものを見つけ出すための大事な時間なんです。朝から晩までたんたんと瞑想して、間の時間は他の参加者の人たちとのおしゃべりや、おいしい食事を楽しむ時間がとても癒やしになります。そして、中1日は、ほぼ24時間「サイレンスの時間」というのがあるんです。
その間、私たちは一切話さず、自分自身の一人の空間に入っていきます。そしてまたそこからゆっくりと戻ってきて、人々と静かに語り合うことができる、この一連の流れが本当に深いところの私自身に触れ、その静かな空間を失うことなく人々に関わるという、とてもいい練習になるんです。年に一回でもこの豊かな時間を自分にプレゼントできていることが何よりもの幸せです。
昨年から「瞑想アートリトリート」というプログラムが増えたので、どうやら年に2回になりそうです。いずれにしても、私の場合は、自分とは全く違った世界に生きている他の人々と語り合う時間が、本当に貴重な時間だと思います。